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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)222号 判決 2000年12月25日

原告

訴訟代理人弁理士

黒田勇治

被告

特許庁長官B

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成11年審判第19909号事件について平成12年5月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成9年12月22日、意匠に係る物品を「コップ」とし、その形態を別添審決謄本写し別紙第一「本願の意匠」欄記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願(意願平9-79359号)をしたが、平成11年11月12日に拒絶査定を受けたので、同年12月11日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成11年審判第19909号事件として審理した上、平成12年5月9日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月27日原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願意匠が、平成6年10月31日発行の「国際事務局意匠公報」4191頁に記載されたコップの意匠(その形態は別添審決謄本写し別紙第二「引用の意匠」欄記載のとおり。以下「引用意匠」という。)に類似するものであり、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願意匠及び引用意匠の各形態の認定並びに両意匠の意匠に係る物品の同一性の認定(審決謄本1頁理由欄1行目~8行目)は認める。

審決は、本願意匠と引用意匠の共通点の認定を誤るとともに差異点を看過し(取消事由1)、さらに、両意匠の類否の判断を誤った(取消事由2)結果、本願意匠が引用意匠に類似するとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(共通点の認定誤り及び差異点の看過)

審決は、本願意匠と引用意匠との対比において、「両意匠は、全体の構成を、口径と高さの比率を略同一とし、下方の周側面を凸弧状に形成し、その上方の周側面を垂直状に形成している、上方を開口した有底円筒形状の態様が共通するものである」(審決謄本1頁理由欄11行目~13行目)と認定するが、誤りである。

まず、①本願意匠の下方の周側面は、緩やかに上って膨出し、緩やかに下るなだらかな丘陵状に形成されていて、凸弧状ではなく、曲率半径の小さなドーナッツリング状で凸弧状に形成されている引用意匠とは異なる(以下「差異点①」という。)。また、②本願意匠の上方の周側面の形状は、シンプルにまっすぐに立ち上がって上縁部もそのまま切れる垂直状の周側面に形成されており、胴部分の上縁部に環状凸部が形成されている引用意匠とは相違する(以下「差異点②」という。)。したがって、周側面下方の「凸弧状」の構成及び周側面上方の「垂直状」の構成を共通点とした審決の上記認定は誤りである。

さらに、審決は、③本願意匠は、薄板の絞り加工により形成され、全体として軽量及び高級感を基調とする美感を生ずる形態であって、厚ぼったい肉厚で重厚感を感得させる引用意匠とは異なる点(以下「差異点③」という。)を看過している点でも誤りがある。

2  取消事由2(類否判断の誤り)

審決は、本願意匠と引用意匠との類否の判断において、「両意匠において共通するとした態様は、両意匠の形態上の特徴を顕著に表し、且つ、形態全体の基調を決定づけ看者の注意を強く惹くものであるので類否判断を左右する要部をなすものと認められる」(審決謄本1頁末行~2頁2行目)とするが、本願意匠の要部はコップの全体形状であって、正面の形態のみを選択するのは誤りである。コップにあっては、取引者及び需要者は、現品を手にとって、全体の形状を間近に視認することができるから、意匠の要部は、正面以外の底面や平面、さらには内面に存在することもできる。

また、審決が、下方の突出部の態様に関する両意匠の差異について、「口径と高さの比率を略同一とし、下方の周側面を凸弧状に形成し、その上方の周側面を垂直状に形成している有底円筒形状の特徴ある両意匠の態様に包摂されてしまう微弱な差異にすぎない。」(審決謄本2頁3行目~6行目)と認定したことも誤りである。なぜなら、この下方の突出部については、上記のとおり差異点①が存するところ、この部分は、取引者、需要者が手に取ったときにちょうど手に直接触れる部分であって、その接触感及び握持感も明らかに異なって感得され、取引者、需用者に注視されて購入の際の重要な判断基準となるものであるから、意匠の類否判断に大きな影響を及ぼす形態である。

次に、上方の周側面の形状についての差異点②も、この上縁部は物品の機能上、需用者が口に触れる部分であり、上縁部から受ける需用者の印象に基づいて類否判断が行われるべきである。

さらに、審決は、「コップ本体の厚みの差異は、意匠の形状としてみた場合、外形状が共通しているので、請求人の主張する使い勝手による差異はあるとしても、意匠全体から見るとさほど評価するほどの差異とはなり得ない。」(審決謄本2頁6行目~9行目)とするが、誤りである。なぜなら、本願意匠は薄板の絞り加工により形成されていることから、全体として軽量及び高級感を基調とする美観を生ずる形態となるのに対し、引用意匠は、厚ぼったい肉厚であって、重厚感を感得することになる。特に、この種の物品の購買の決め手となる取引者、需用者の印象として、本願意匠は、軽くて持ちやすく、口当たりのよい印象を感得し、想起し得ることになる。

以上のとおり、本願意匠と引用意匠とでは明らかに別異の審美感を想起感得させるものであり、両意匠は類似しないというべきである。

第4被告の反論

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(共通点の認定誤り及び差異点の看過)について

原告は、本願意匠の下方の周側面が、緩やかに上って膨出し、緩やかに下るなだらかな丘陵状に形成されていて凸弧状ではない旨主張するが、審決のいう「凸弧状」とは、下方の周側面が曲面状に突(凸)出していることを認定したのであって、その微細な差異については、別途、下方の凸弧状の突出部の態様の差異点として認定しているところであるから、審決の共通点の認定に誤りはない。

次に、原告は、引用意匠は、上縁部に環状凸部が形成されている旨主張するが、その環状凸部は、意匠全体から見ればごく一部の先端部分に属するものであって、肉薄の周側面の上端が、開口部外周縁でごくわずか外側に膨らんでいるものであり、それも周側面と丸みをもって連続し、くっきりとした境界線を呈しないものであって、目を凝らして初めて視認できる微細なものであり、格別差異点として採り上げるまでもない程度のものであるから、審決が、本願意匠と引用意匠の共通点として「周側面を垂直状に形成している」と認定したことに誤りはない。

さらに、原告は、本願意匠が薄板の絞り加工により形成されている点を看過している旨主張するが、意匠は、創作された結果表された形態をいうものであるから、審決に原告主張の差異点の看過はない。また、原告は、本願意匠が軽量及び高級感を基調とする旨主張するが、本願意匠の形態の認定として、原告の主張は根拠が薄弱というべきである。この点について、審決は、「コップ本体の厚みを、引用の意匠は、本願の意匠より肉厚状に形成している点」(審決謄本1頁理由欄16行目~17行目)を差異点として採り上げ、「コップ本体の厚みの差異は、意匠の形状としてみた場合、外形状が共通しているので、請求人の主張する使い勝手による差異はあるとしても、意匠全体からみるとさほど評価するほどの差異とはなり得ない」(同2頁6行目~9行目)と十分な判断をしている。

2  取消事由2(類否判断の誤り)について

原告は、審決が本願意匠の正面の形態のみを採り上げて要部と認定するのは誤りである旨主張するが、審決は、本願意匠と引用意匠の全体の構成について、口径と高さの比率、下方の周側面の態様、上方の周側面の態様、有底円筒形状の態様の共通点を挙げ、差異点と比較衡量の上、両意匠を全体として観察して、両意匠の共通点が類否判断を左右する要部となると結論づけたものであって、原告のいうように正面の形態のみをとらえて要部を判断したものではない。

また、原告は、下方の突出部の形状の差異(差異点①)が両意匠の類否判断に重要な影響を及ぼす旨主張するが、この点は、連続する曲面の範囲及び曲率に関する微細な差異にすぎないものであって、共通点を凌駕して独立して印象づけられるほどの特徴のあるものではなく、両意匠の共通する態様に包摂されてしまう微差にすぎない。なお、原告は、この点について、購買者が手に取ったときの接触感及び握持感等を問題とするが、意匠は物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものであるから、両意匠の類否判断もその範囲内で判断すれば足りるというべきである。

さらに、原告は、本願意匠は薄板の絞り加工により形成され、全体として軽量及び高級感を基調とする点(差異点③)を主張するが、引用意匠も肉薄のコップの部類に属するものであって、取引者、需用者において、原告の主張するように、引用意匠が厚ぼったい肉厚で重厚感を感得し、本願意匠が全体として軽量及び高級感を基調とするとは断じ難いというべきであるし、仮に、原告主張のような印象の差があるとしても、両意匠の共通感、とりわけ下方の周側面を凸弧状に形成し、その上方の周側面を垂直状に形成している有底円筒形状である態様の共通感が圧倒的なものであり、上記差異点はそれを凌駕するほどのものではない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(共通点の認定誤り及び差異点の看過)について

原告は、差異点①~③について、審決に共通点の認定誤りないし差異点の看過がある旨主張する。

しかし、まず、差異点①(本願意匠の下方の周側面が緩やかに上って膨出し、緩やかに下るなだらかな丘陵状に形成されているのに対し、引用意匠では、曲率半径の小さなドーナッツリング状で凸弧状に形成されている点)について見るに、審決は、本願意匠と引用意匠とが「下方の周側面を凸弧状に形成し」(審決謄本1頁理由欄11行目~12行目)た点で共通すると認定するが、曲面の緩急ないし曲率半径までをも共通点として認定しているものではないから、原告の主張に係る差異点①は、審決の上記認定と何ら矛盾するものではなく、両意匠に差異点①があるからといって、審決の上記共通点の認定を誤りとすることはできない。そして、審決は、上記共通点の認定に続いて、「差異点として、下方の凸弧状の突出部の態様を、本願の意匠は、上方側を略中央まで緩やかな曲面状に形成しているのに対し、引用の意匠は、上下の曲面を略同形状に形成している点」(同1頁理由欄14行目~16行目)を挙げ、原告が差異点①として主張するところと同趣旨の差異点を認定しているのであるから、原告主張の差異点①を看過したということもできない。

次に、差異点②(本願意匠では、上方の周側面の形状は、シンプルにまっすぐに立ち上がって上縁部もそのまま切れる垂直状の周側面に形成されているのに対し、引用意匠では、胴部分の上縁部に環状凸部が形成されている点)について見るに、確かに、引用意匠の上縁部に注目して子細に観察すれば、原告の主張する「環状凸部」の構成を看取することはできるが、当該環状凸部は、コップの厚みの半分にも満たない程度の微少なものである上、その形状もほぼ半円状で、コップの上縁部の形態としてはありふれた構成にすぎない。したがって、意匠全体から見ればほとんど目立たない微細な構成にすぎないというべきであって、両意匠の類否の判断の影響を及ぼすようなものでないことは明らかであり、審決がこれを殊更に差異点として摘示しなかったとしても、誤りということはできない。

そして、差異点③(本願意匠は、薄板の絞り加工により形成され、全体として軽量及び高級感を基調とする美感を生ずる形態であるのに対し、引用意匠は厚ぼったい肉厚で重厚感を感得させるものである点)については、そもそも意匠とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものをいうのであるから(意匠法2条1項)、本願意匠がいかなる加工方法によって形成されたものであるかということ自体を問題とする余地はなく、「薄板の絞り加工」によって形成されたことを前提とする原告の主張は、それ自体失当である。そうすると、原告の主張する差異点③は、コップ本体の厚みが引用意匠においては本願意匠より肉厚に形成している点に帰すると解されるところ、この点については、審決が両意匠の差異点として指摘して(審決謄本1頁理由欄16行目~17行目)、検討しているところであるから、審決に差異点を看過した誤りはないというべきである。

よって、原告の審決取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(類否判断の誤り)について

原告は、審決が本願意匠の正面の形態のみを選択して要部と認定したのは誤りであって、本願意匠の要部はコップの全体形状である旨主張する。しかし、審決は、両意匠に共通する態様、すなわち、「全体の構成を、口径と高さの比率を略同一とし、下方の周側面を凸弧状に形成し、その上方の周側面を垂直状に形成している、上方を開口した有底円筒形状の態様」(審決謄本1頁理由欄11行目~13行目)を両意匠の要部と認定したものであるところ、この認定に係る構成態様は、口径と高さの比率、下方の周側面の形状、上方の周側面の形状、全体としての形状の諸点にわたるものであって、単に正面の形態のみの観察に基づくものでないことは明らかであるから、この点の原告の主張は理由がない。

そして、原告が、両意匠の類否に大きな影響があると主張する差異点①~③について検討するに、まず、差異点①の点については、確かに、本願意匠の下方の突出部の形態は、引用意匠のそれと比較した場合、特に上部の曲面が緩やかである点において差異を認めることはできる。しかし、全体の基本的な形状をほぼ円筒形状とするコップの意匠は、それ自体、平板なありふれた意匠にすぎないところ、本願意匠は、その下方の周側面を凸弧状に形成するという構成が加わることによって意匠全体の構成に変化がもたらされているということができ、当該構成が、まず看者の注意をひく顕著な特徴であることは明らかである。これに対し、上記の差異は、この顕著な特徴において両意匠が共通することを前提とした上で、その凸弧状面の微細な差異にとどまるものであって、上記共通点に包摂されてしまう程度の差異にすぎないというべきであり、この点の審決の判断に誤りはない。

次に、原告は、差異点②の類否判断に及ぼす影響について主張するが、この影響が微弱なものにすぎないことは上記1で認定判断したとおりである。

さらに、原告は、差異点③の類否判断への影響についても主張するが、本願意匠が薄板の絞り加工であるとの主張が失当であることは前述のとおりであるし、コップ本体の厚みの差異については、そもそも外形状の構成態様と比較して看者の注意をひきにくいものである上、引用意匠自体もコップの意匠としては特に肉厚といえるほどその厚みについて特徴的な構成を有しているとはいえず、この点についての本願意匠との差異は、両意匠の共通点を上回るような影響を類否の判断に及ぼすものとは到底いうことができない。

よって、原告の審決取消事由2の主張も理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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